笑い男(『ナイン・ストーリーズ』) |
| J. D. サリンジャー(著) 野崎孝(訳) |
| 新潮文庫 |
| ★★★★★ |
| コマンチ団の団員を運動場などに連れて行く団長が、 バスの中で語って聞かせる「笑い男」の物語。 まだいたいけな頃に山賊どもに頭をねじられ、ものすごい顔になった笑い男は、森の動物たちと睦み、 やがて盗賊として天才的な手腕を発揮する……。ずんぐりむっくりの団長と、絶世の美人メアリー・ハドソンとの関係に連れて、「笑い男」の血沸き肉踊る物語も進む。 このJ.D. サリンジャー『ナイン・ストーリーズ』の4つ目の「笑い男(The Laughing Man)」という短編は、 急がば回れという基本的な作劇の姿勢を我々に教えてくれる。 「笑い男」の主題はビクトル・ユゴー『笑う男(L'Homme qui rit)』の本歌取りなのだろうが、 コマンチ団と笑い男を分解して読んでみると、どちらか片方では物語が成り立たないということに容易に気付く。 『笑う男』との間テクスト性に加えて、コマンチ団の枠構造が、「笑い男」の説話において大胆な省略を可能にしており、 奥行きを作らずに奥行きを演出しているだけでなく、枠構造によって「笑い男」の挿話は、創作プロセスが示された、 よって、解釈の幅を狭められた「寓話」として機能することが出来ている。 外枠を作ったお陰で、長ったらしい説明を抜きに、 説話空間を広げられるという短編技法の粋というわけだが、 しかし、それだけではなくて、寓話の相互浸透というか、いつしか、 「笑い男」の寓話に寄り添う団長とメアリー・ハドソンの恋路さえも、 その丹念な照応ぶりによって、寓話の匂いを醸し出し、そもそも、 どちらがどちらの隠喩だったのか、 いや、端からどちらも隠喩などではなかったのではなかろうか……、 と幻惑されているうちに、雪崩を打つように迎える結末では、 ただコマンチ団の子供たちだけがぽつねんと残されている。 U.U.
特集:××男 |
