First Day of My Life ("I'm Wide Awake It's Morning") |
| Bright Eyes |
| Label: Saddle Creek Records |
| Releace: 2005 |
| ★★★★☆ |
| 歌詞、旋律、歌声、極め付けにビデオクリップと、あらゆる技巧を駆使して一点の曇りもなく友愛を讃えているBright Eyesの "First day of my life”には、清々しいというよりも、寧ろ洒落臭いと感じてしまうのが人情である。 友愛の素晴らしい側面に殊更に光を当てることにより、持たざる者には羨望を、真っ盛りの者には高揚を、 辟易している者には郷愁をもたらし、安寧秩序の回復に加担しているとしか思えない、という評価は、強ち言いがかりではなかろう。 しかし、それでも良いではないか、洒落臭くても……。目くじらを立てるには及ばない。 素敵な友愛に同梱されている煩わしさという代償を払わずに、こういう気分を手軽に味わうのは、 不健康なやり方かも知れないが確かに有効な健康法たり得るのであって、"so many bad ways to be good"とSmall Faces も歌っている通りだ("The Universal")。 例えば歌詞を見てみると、一番で、 Yours is the first face that I saw I think I was blind before I met you 最初に見たのがあなたの顔 あなたに逢うまで何も見えていなかったと思う と歌うと、二番では役割が交代し、 And you said "this is the first day of my life I’m glad I didn’t die before I met you そしてあなたは言った「これがわたしの人生最初の日 あなたに逢うまでに死ななくて良かった(…) と歌う。「木綿のハンカチーフ」ばりの、何とも抜かりのない歌詞ではないか(いや、「木綿のハンカチーフ」は、言葉遣いだけで役割交代を表現している点でこれに優っているが……)。それはともかく、この相思相愛の表現から、ジャック・デリダ『友愛のポリティックス 1』のアリストテレスについての分析を思い起こさずにはいられない。 アリストテレスはわれわれに、なぜ愛することを喜べるのか、また喜ぶ余地があるのか(…)、 しかし愛されることを喜べないのか、あるいは少なくとも、こう言えるなら、本質的には、内在的には喜べないのか(…)を語る。
(…)すなわち、愛することは生あるいは息(…)を恵まれた存在にのみ属している。愛されることは逆に、つねに生気のないもの(…)の側、
すでにプシュケーを失っているかもしれないところでも可能であり続ける。「無生物でも愛される」(…)。 (ジャック・デリダ 『友愛のポリティックス 1』 鵜飼哲 大西雅一郎 松葉祥一 共訳 みすず書房 p.31)
U.U.
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